怒りを行動原理にするのは愚である
自身の怒りをモチベーションとして行動を為すのは得策でないどころか、かえって害悪である。なぜなら、怒りは自身にとって毒であり、また、貴重なエネルギーを大量に消費するからである。 では、私の行動原理は何なのだろうか。何を理由に自身の行動を説明しようか。 この転職は、旧態依然とした年功序列の人事制度を維持する会社への親切な警鐘なのか、肥大した上司のエゴへの治療薬なのか、別の会社が自身を必要としているからなのか、この現在自身がいるポジションをより必要としている人がいるからなのか。 理由なんていうものは、いくらでも作れる。自身を正当化する理由も含めて。いくらでも、後づけだってできるのだ。 しかし、本当の真のところは、理解することはできない。自身の理を超越しているからである。 それなのに、わかったふりをしたり、いろいろとでっち上げて自身に言い聞かせたりするのは疲れる。怒りに頼る必要はない。むしろ、よろしくない。 ただただ、為すべきことを然るべきときに為すのみである。