ジョン・レノンの母校リヴァプール・カレッジ・オブ・アートのすぐ近くに、学生時代彼がよく通っていたいうパブ、「Ye Cracke」はある。典型的な古き良きイギリスのパブで、店内は薄暗く、程よく狭く、そして木のぬくもりを感じる。店内にはビートルズの写真もいくつか飾ってある。
カウンターに向かうなりすぐに私はブラックベルベットを1パイント注文した。すると顔色の良い女将さんが「ジョンレノンが飲んでたからね?」とすこしうんざりした様な顔で言う。「本当はメニューにないんだけど、つくってあげる」と言ってパイントグラスにサイダーとギネスを注ぐ。壁に貼ってあるメニューをみると、確かにどこにもブラックベルベットとは書いていない。注ぎ終わると「ジョンがこんなの飲んでたわけないわよ」と言いながらそれを私に差し出した。
それはどういうことなのか、と戸惑ったがまずはブラックベルベットを一口飲んでみた。何ともいえない味だが、これならわざわざ割ったりせずにギネスビールを単体で飲んだ方がおいしいと私は思った。いや、折角のギネスが勿体ないとすら思った。
グラス半分まで飲んでから、女将に、ジョンレノンがこれを飲んでいたわけがないというのはどういう事なのか尋ねた。すると「ジョンが学生だった頃、この店ではギネスはタップじゃなくてボトル販売だったの。貧乏な学生だった彼がこんな高い飲み物を好んで飲んでいたなんて絶対にありえない」と強い語調で断言し、さらに「どこからこんなデマが流れたのかしらね」と首をかしげる。
この店にはよく、このデマにすっかり騙された観光客が訪れてはブラックベルベットを頼むようである。その観光客の国籍を尋ねると「アメリカ人。アメリカ人が断トツで多いわ」と即答であった。このことから、デマは日本だけでなくどうやら世界規模で流通しているようである。
では、ジョンは本当はここでいったい何を飲んでいたのだろうか。ここからは女将の推測であるが、Liquorice Mildと書かれたビールサーバーを指しながら、この一番安いビールであろうという。しかしこのビールも当時とは製法が異なるらしく、ジョンが飲んでいたものそっくりそのままではないらしい。
まだ半分も残っている不味いブラックベルベットを飲みながら女将の考えるところのデマの出所を聞いた。「たぶん、昔のこの店の経営者か誰かが、流したんじゃないかしら。ジョンが好きだったって言えば皆頼むものね。高い飲み物だから店にはいい儲けよ」そしてやっと残り少しになったグラスから最後の一口を飲まんとしている私の顔をみて「全然おいしくないでしょう。やっぱり、ジョンもこんなの飲んでたわけないわよ。でもお金を払ったのだから全部飲まないと損よね」と言って笑った。
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