私たちはみんな風俗嬢。
ひろゆき氏が風俗に行かない理由として「お金を払って他人が嫌なことをさせるっていうことが僕あまり好きじゃないんですよ」と述べている。
さらに、「お金を払って、他人がお金のために嫌なことをしているというのを見る加害者になるのが嫌」「かわいそうな奴隷をつくる側」とも言っている。
その考えに対して私は申し上げたい。
お金を払って嫌なことをやらせるというのは風俗業に限らず、ありとあらゆる産業にいえること
「みんな売春婦さ。それぞれが己の違う部分を売っているだけだ」
イギリスのテレビドラマシリーズ「ピーキー・ブラインダーズ」からのセリフである。
私たちはお金を払っていろいろな人に嫌なことをさせている。そして私たち自身もお金を貰うために嫌なことをやっている。
今やっているその仕事、もしお金がもらえないのだったら絶対やらないでしょう?そんなことでもやらざるをえない。そうしないと生きられないからやるしかない。
金のなる木(資本)を持っているからパンのための労働はしなくてもいいというような例外的な人間もいるだろうが、基本的には上記の人間がほとんどであると思う。
となると、私たちは皆、かわいそうな奴隷をつくる側であるし、また、かわいそうな奴隷になる側でもある。
となると、風俗産業にだけ限定して避けているひろゆき氏は矛盾しているように感じる。
しかし、ひろゆき氏の主義主張はまったく矛盾しているわけではない。というのも彼はユニバーサルベーシックインカム(UBI)の支持者であるからだ。
その趣旨は生活最低限の収入を全員に保障しようというものである。つまるところ、全員の生活を保護するということだ。
そのシステムが導入されれば、誰もパンのために嫌なことをやったりやらせたりしなくて済むだろうということなのだろう。みんなやりたいことだけをやろうということだ。
これは、どうなのだろうか。
というのも、現状の嫌なことだがやるしかないというのは一見ものすごい矛盾であり、問題に見える。しかし、私は生きるということそのものが矛盾であるのではないかと考える。
生きていたくはないが、死にたくはない。
そんな矛盾をかかえて私たちは生きているように思う。
仕事をしたくはないが、死にたくはないので仕事をする。すると生きるのでやはり仕事をしなくてはいけない。この繰り返しなのではないだろうか。
となると、仕事は生きることそのものなのではないだろうか。
やや話が逸れた。
そもそも、この、風俗業をほかの産業とは違う異質なものととらえることの理由はなんなのだろう。倫理だろうか。性というサービスを売ることへの抵抗?風俗業そのものがかかえる強制や詐欺などの闇の部分に対する反感?それとも、自分がやりたくないものは万人にとってやりたくないことであるだろうという思い込み?
なぞは深まるばかりである。