名詞の性と格にみるドイツ語の難しさについての英語および日本語との比較考察

2018年5月6日日曜日

論説

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ドイツ語と同じく西ゲルマン語群に属する言語である英語の知識があればドイツ語も比較的簡単に覚えられる。こんな話を聞いたことのある私は日本の大学での初日、ドイツ語クラスの日本人教授に質問した。すると教授は「ドイツ人にとっては英語は比較的簡単に覚えられる言語だが、逆はわからない」と意地の悪そうな笑みを浮かべながら答えた。私はそんなはずはないと思った。ある言語が他の言語より一方的に難しいという様なことはない、と考えていたからである。しかし、実際にドイツ語を学習し始めてから私はその考えを改めざるを得なくなった。そうして今ではこう思うようになった。

ドイツ語は英語に様々の不要無益な要素を足して複雑にしたような言語である

歴史的には英語とドイツ語はもともと同じ言語であったものが分かれたものである。その過程において英語は様々の要素を簡素化したのに対し、ドイツ語は古い要素を頑なに固持し続けた。つまり、歴史的には英語がドイツ語から様々の複雑な要素を引いた言語である。では具体的に何がドイツ語を英語よりも難しい言語にしているのか。以下はまだまだ勉強の足りない私による拙論であるが、是非ご一読いただきたい。


独語は名詞に女性、男性、中性の三種類がある


ドイツ語の名詞には女性、男性、中性の三種類がある。名詞に性別があるのである。以下が例である。der, die, dasというのは冠詞である。詳しくは後述する。

男性名詞:der Stuhl (椅子), der Apfel (林檎), der Brunnen (井戸)
女性名詞:die Katze (猫), die Mütze (帽子), die Sonne (太陽)
中性名詞:das Auto (自動車), das Wasser (水), das Kind (子供)

この名詞の性というのは面白いもので、必ずしも生物的な性と一致するとは限らない。例えば上記の例の最後 das Kind はそれが女の子であっても男の子であっても中性である。

名詞の性は基本的に丸暗記


この名詞の性で一番厄介なのはどれがどの性であるかは基本的には丸暗記するしかないという点である。詳しくはこちらのウェブサイト「名詞の性・数・格」に載っているが、規則があるものもあるにはある。例えば -tät や -tion で終わる名詞は女性、-chen や -lein で終わる名詞は中性などである。その他に -e で終わる名詞には女性名詞が多いなどといったような傾向はあるが、全てがそうとは限らないので結局のところ単語を覚えるときに一緒に暗記するしかない。

名詞の性の割り当てには何の根拠もない


もし仮に、水に関係するものは女性、火に関係するものは男性などといったように何かしらの分類分けによる性の割り当てが行われていれば少しは意義のあるものであったかもしれないが、そんなものは今のところ見つかっていない。つまるところ、様々のものを本当にテキトーに三つの性の何れかに割り当てたのである。信じられない。


独語の格変化する冠詞、そしてそのシステムの欠陥


ドイツ語では格を冠詞の変化で示す。では格の変化とは何か。そもそも文法における格とは何かをまず説明する。

格変化とは何か


文法の格とは日本語でいうところの「は、が、に、を」で示される情報である。
以下の例文を見て欲しい。

例文1
日:子供はジョンにリンゴをあげた。
英:The child gave John the apple.
独:Das Kind gab John den Apfel.

例文2
日:子供にジョンは林檎をあげた。
英:John gave the child the apple.
独:Dem Kind gab John den Apfel.

日本語でいうところの「は」で示されるのが主格、そして「に」で示される格が与格である。上記の例では主格「子供は」はドイツ語で「das Kind」、与格「子供に」は「dem Kind」である。日本語では格を「てにをは」などの助詞で示し、ドイツ語では「das, dem」などの冠詞で示す。なので、それらが対応する名詞にくっついている限り、文における位置を移動させることができる。例えば上記の例文2の主格と与格の位置を動かすと以下の例文3ようになる。

例文3
日:ジョンは子供に林檎をあげた。
独:John gab dem Kind den Apfel.

英語はこの格情報を語順で示すので、基本的には主格や与格の位置を入れ替えたりはできない。前置詞を使うという手もあるがここでは説明しない。

この他にもドイツ語には日本語で言うところの「の」であらわされる所有格、そして「を」で示される対格というものがある。日本でのドイツ語教育においてはこれら主格、所有格、与格、対格をそれぞれ1格、2格、3格、4格と呼んでいる。この数字での呼び方は日本だけでしか使われていないので注意である。

複雑な格による冠詞の変化


さて、日本語において格は全て助詞をくっつければ済む。名詞の性も単数複数もへったくれもない。英語においては基本的に語順で示すのでこれも順番さえ覚えてしまえば簡単だ。しかし、ドイツ語は違う。ドイツ語では冠詞を変化させて格を示す。そしてその変化の仕方が性、そして単数か複数かによって異なる。以下がその表である。

定冠詞の変化{主格(は、が)、所有格(の)、与格(に)、対格(を)の順}
男性:der, des, dem, den
女性:die, der, der, die
中性:das, des, dem, das
複数(各性共通):die, der, den, die

不定冠詞の変化{同上}
男性:ein, eines, einem, einen
女性:eine, einer, einer, eine
中性:ein, eines, einem, ein
複数(格性共通):なし

日本語では「林檎」も「猫」も「自動車」も「を」を付ければ対格になる。しかし、ドイツ語ではそれぞれ男性、女性、中性名詞であるので対格にするには「den Apfel」「die Katze」「das Auto」というようにそれぞれに対応する格変化をさせた冠詞を付けなければならない。

そして、表からわかるとおり、男性以外は全て主格と対格が全く同じになる。つまりその名詞が「は、が」にあたるのか、それとも「を」にあたるのかは冠詞だけでは分からない。複数の不定冠詞についてはそもそも存在しない。なんということだ。そしてさらに、人名に至っては冠詞がない。なので次のような事が起こり得る。

格が冠詞でも文脈でもさっぱり分からない場合どうなるか


つぎの文を見て欲しい。

日:ジョンはポールにジョージをあげた。

人に人をあげるとはどういうことか、という話はさておいて、これをドイツ語にするとどうなるか。

独:John gab Paul George.

さて、困った。どうする、どうなる。冠詞がないのだから格が分からない。なのでお手上げだろうと思われるかもしれない。しかし、実際ドイツ人に聞いてみると涼しい顔をしながら、Paulが与格でGeorgeが対格であると言う。つまるところ、このような場合順番で判断するようである。ということは、

英:John gave Paul George

というのと同じである。結局のところ順番で判断するようなことになるのだから、そもそも格情報は語順で示しても良いのではないか、ということで合理化を図ったのが英語になったのだろう。

主格も対格も同じ形になってしまう例としては以下のものがある。

日:帽子が猫を食べた。
独:Die Mütze aß die Katze
英:The hat ate the cat.

この場合もまた、主格も対格も女性単数名詞であるので同じ冠詞を持つことになり、「猫帽子食べた」というように主格と対格の位置を変えることができなくなる。言い換えれば、英語と同じように語順に規制がかかる。

総括


今回は名詞の性と格変化という点からドイツ語の難しさについて考察した。なぜこんな規則になったのかはだはだ疑問である。そして私が一番不服に思うのはこのシステムの利点がさっぱり見つからないことである。

いくら複雑でもそれによって「表現の幅が広がる」とか「より深い概念が示せる」などといった何かしらの利点があれば良いのだが、前述のように、名詞の性に根拠はないし、なるほど冠詞を格変化させるので英語に比べて語順が自由だといってもそれもやはり前述のように、システム上の制約により結局は語順に縛られてしまうことがある。

上記の冠詞の格変化表を見ればわかるように単数、複数、人名に関わらず全ての名詞の冠詞を単数男性名詞と同じものにすれば問題は解決するし、文法もより簡潔になる。しかし、そうはならないのがドイツ語なのである。不思議である。


次回は動詞の変化という観点からドイツ語の難しさについて考察する。


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