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一度、立ち止まろう

 前回、つまり2年前も同じ過ちを犯した。相談するべき人に相談せず、ただ一人で勝手に決めて勝手に突っ走って、疲れ果てる。  転居と転職を同時にやってしまおうと思ったが、住まいと職を同時に変えるのは、いくらなんでも盛りだくさん過ぎていっぱいいっぱいになってしまう。  何をそんなに慌てているのか。もう少しゆっくりいくのがいいだろう。

いや、やっぱり外資にこだわるべき理由

 前回は、そもそも外資系企業への転職にこだわらなくても、大手日系でもいいのではないかという考察を書いた。  しかしこの度、晩御飯の後に、そもそも外資の何が良いのかよくよく考えて、やっぱり外資がいいなという考えを再確認した。  理由のその一つは主体的な職業意識の高さである。  概して、日本では職というと、職種よりも勤務先の会社名の方に重きをおく考えがあるようだ。  新卒一括採用で入社して、研修を受けたあとに配属が決まるというシステムが一般的である。つまりは、採用されて配属されるまでは職種はわからない。  どこで何をやらされるかもわからないのに、会社の事業内容やらミッションやらに共感したとかなんとか言って入社する。  なかなか奇怪なことに思うが、自分が何をやっているかというのは関係なくて、自分の所属している会社が何をやっているか、そしてその企業ブランドなんかに価値の重きをおく考えがあるようだ。  つまり、その会社で働いているというのが重要なのであって、具体的になんの職種をやるのかは二の次なのだ。なので、転勤やら転属やらで、いろんな部署に飛ばされてもそれを問題とは捉えない。  それに対して欧米では新卒一括採用というのはない。  自分の職種は自分で決めて、キャリアの最初はインターンをやったりして経験を積んで自分が主体となってキャリアアップをしていく。  「総合職」という名の何でも屋や「当面の間は転勤なし」など、どこで何をやらされるかわからない会社では働きたくないし、ましてや、きついことを言うと、その会社ならどこで何をやらされるのでもいい、というように主体性を放棄して会社に一方的な恋をしているようなおめでたい人たちとは働きたくない。  英語には、仕事を愛してもいいが会社を愛するな、という格言がある。自身の命運を会社に託すには愚かである。  理由の二つ目は、社内での英語の重要性の高さである。  求人を見る限り、日系企業の経理で英語を使う場面というのは海外子会社とのやり取りなどが主なようだ。  日本国外の現地法人、つまり外側からの情報を英語を使って受け取って、国内本部、つまりは中心(上)へと日本語で流す。  それに対して外資系は逆で、日本国内の現地法人から情報を英語で国外の本部へと流す。  外資系では本流は英語であり、中心、つまりは上は英語の世界である。それに対して日系では本流は...

別に外資にこだわらなくてもいいのでは

 ヨーロッパ系の外資系企業。フランスやドイツやら、かの国々は日本と比べて人権意識が高く、労働環境も整っているという。  かくして、転職にあたっても、欧州外資系企業に行けば、ワークライフバランスの点において良い待遇が受けられるのではないかというイメージを抱いた。  しかし、この前某フランス外資系企業の面接を受けたが、その考えは必ずしも正しいとは言えないらしい。  確かに、本国の方では一ヶ月のバカンスが取れたりするなど、充実の待遇ではあるが、日本にあるのはあくまでも日本子会社であり、日本の会社である。  バカンスなどはないばかりか、本国のカレンダーに合わせるために正月休みも若干短いという。残業もままあるようだ。  まだ給与や年間休日数などの詳細については知らないが、もしかしたら給与とワークライフバランスの両面において日系大手の方が良い待遇である可能性も十分ある。  というかそもそも求人票にそういった情報が載ってないのはなぜなのだろう。日系大手だと大抵の場合、給与レンジと年間休日数は載っているし、最近はワークライフバランスのメリットもアピールしている求人を多く見かける。  外資系だからといってもやはり日本の会社であるので日常は日本語であるし、逆に日系であってもメールなどで英語を使うというのは沢山ある。そうなると、外資系とグローバル日系では英語の利用頻度としてはそんなに大きな差はないのかもしれない。  そうなると、外資系、日系と区別する必要はないということになる。区別せずに個別の企業として見てみて、給与やワークライフバランスなどの待遇を総合的に比較するのが賢いだろう。  根拠の乏しい、必ずしも正しくはないイメージに惑わされてしまわないように注意する必要がある。

ハイクラス転職サービス、なんじゃこりゃ

 転職しようと思って、よくコマーシャルでもみる某ハイクラス転職サービスに登録してみた。登録するとヘッドハンターからスカウトが届くというサービスだ。  登録開始早々、メールがどんどん届いて驚いた。特別なスカウトだの、プラチナスカウトだの、ダイヤモンドスカウトだのと、何やらすごいゴージャスな文が並ぶ。  登録者の数パーセントしか受け取れないスカウトだの、秘密のスカウトだのという怪しげな文言だが、クリックするとますます怪しい。  経歴を見てすごく優秀な方だと思っただとかいうお世辞とともに、本物かどうか怪しい、ひどく好条件の職が紹介されているが、実存する求人なのかわからない。  スカウトを送ってくるのはいわゆる人材紹介サービスの営業マンたちである。求人会社の担当が直接送ってきているものではない。  察するに、おとり広告というやつなんじゃないかと思われる。  よく、不動産屋の前に貼られているチラシの物件が、いざ不動産屋に入って尋ねてみるともう契約済みで、それよりこっちはどうですか、とすすめられるやつである。  他の例でいうと、ちょっとまえに某大手コンビニがやっていたように、大盛りクリームのケーキなんかを特別価格で売ると大体的に広告を出しておきながら、実際には供給量をかなり低く抑えて、店頭では常に売り切れであったりする、あれである。  つまるところ、彼らの目的はおとりでおびき出してコネクションを手に入れたいのである。先例の不動産屋やコンビニがおとりで客の足を店に踏み込ませるのと同じ手法である。  それでもって、一旦コネクションを得たならば、キャリアアドバイザーだかなんだかになって、どこか適当な会社にぶち込めば想定年収の何割だかが彼らの懐に入る。  なかには、もしかしたらまともで真面目な求人もあるのかもしれないが、いかんせん怒涛の量で怪しげなメールがじゃんじゃん来るので、判別が難しい。  ちゃんと求人元の会社名を明示していれば、まあ大丈夫かとも思うが、やはりなるべくは直接応募するに限ると思われる。

寝る前の酒は避けるべきだ

 昨夜はせっかくの休日前夜ということで、酒でも飲もうかと思い、呑んだ。この前買ってきたマイヤーズラムの小瓶があったので、良さげなカクテルをネットで調べて、ホットミルクに蜂蜜とマイヤーズラムを入れて飲んだ。  味はあまり美味くなかった。しかし、もったいないので全部飲んだ。ラムを入れすぎたかもしれない。  リラックス効果を期待していたが、どうにも気が張りつめるというか、居ても立っても居られない、というかそんな感じがしてなかなか寝られなかった。  人によって違うようであるが、私は酒を飲むと寝られなくなる。今までも友人と宅飲みなんかするときは、決まって私は酒を飲むとずっと起きていた。  調べによると、アルコールは不安を強める作用があるらしい。それで、居ても立っても居られないような気分になるのかしらん。  休日の昼下がり、のどが渇いたときにつまみも何もなしに飲むビールなんかはとても美味い。しかも昼だから寝れなくても問題はない。  酒は夜でなしに昼に飲むものなのかもしれない。

怒りを行動原理にするのは愚である

 自身の怒りをモチベーションとして行動を為すのは得策でないどころか、かえって害悪である。なぜなら、怒りは自身にとって毒であり、また、貴重なエネルギーを大量に消費するからである。  では、私の行動原理は何なのだろうか。何を理由に自身の行動を説明しようか。  この転職は、旧態依然とした年功序列の人事制度を維持する会社への親切な警鐘なのか、肥大した上司のエゴへの治療薬なのか、別の会社が自身を必要としているからなのか、この現在自身がいるポジションをより必要としている人がいるからなのか。  理由なんていうものは、いくらでも作れる。自身を正当化する理由も含めて。いくらでも、後づけだってできるのだ。  しかし、本当の真のところは、理解することはできない。自身の理を超越しているからである。  それなのに、わかったふりをしたり、いろいろとでっち上げて自身に言い聞かせたりするのは疲れる。怒りに頼る必要はない。むしろ、よろしくない。  ただただ、為すべきことを然るべきときに為すのみである。

労働の安売りはやめよう

 年功序列を頼りにして、若い頃は給与が低くてもいいや、とぬくぬく年をとりながらやっていたのに、いざ自分がその年功序列の恩恵に預かる頃には年功序列体制が消えてしまっている可能性というのを前回の書いた。  人口が増え、経済も右肩上がりであった時代ならいざしれず、今は少子高齢化の時代である。  おまけに、技術革新のスピードもかつてないほどに凄まじくなり、業種にもよるが、その人が最新技術を使いこなせるかどうかで、生産性に大きな差が出るような時代になった。  そんな日本においては、若い労働力というのは非常に希少な存在である。  今現在、多くの日本の企業にとって、事業継続における最大のリスクの一つが人材不足である。  この状況においては、人材の取り合いとなる、あるいはもうそうなっているというのが現実であろう。そしてこれは、今後ますます加速していくと思われる。  そうなると、旧態依然とした年功序列に固執する企業は人材獲得に不利となり、その給与システムを時代に沿ったものに変えざるを得なくなるであろう。  それだのに、ぬくぬくと年功序列に望みを託し続けるのは愚かであるといわざるを得ない。年功序列による昇給や昇進を待っているのは甘い考えである。  やはり、そこは勇気をもって、適正な報酬を求めていくべきである。  そうすることにより、日本の時代錯誤のシステムを少しずつでも変える事ができるのではないか。先進国の中では落ちぶれているといわれる日本社会を少しでもより良くできるのではないか。  そして何と言っても、自分の労働を安売りすることは、自分自身だけでなく、同じ労働者同志にとっても損である。  労働の安売りで、労働の相場を下げてしまうのはやめるべきである。労働者同志の為にも、率先して然るべき良い待遇を求めていくべきだ。  それが転職という手段であれば、自分が抜けることによって空いたポジションには、自分がいたときよりも良い待遇で、また別の労働者同志がステップアップしてくることであろう。    

年功序列と転職思考の必要性

 文章を書くというのは良い。自身の考えを整理することができる。やはり、頭の中だけで考えていると、気が付けばおんなじところを何回も考えていたり、モヤモヤぐるぐると悩むばかりで、疲れるだけに終わることが多々ある。  文章を書く習慣として、このようにブログを運営するというのは良いアイデアかもしれない。  さて、前回の続きである  年功序列が嫌なので外資系に行きたい!だなんて考えは、少しばかり問題かもしれない。なぜなら、外資系だから年功序列がないとはいえないからである。  まず、ここで言う外資系というのは、外国企業の日本法人のことである。無論、外国企業といえども、日本は一応は法治国家の体裁をとってはいるので、日本にある以上は日本の法律が支配する。  そしてさらに、働く人も日本人が多ければ、日本文化の影響を多分に受けるであろうことは想像できる。  今回話を聞いた、バリッバリの米国外資系企業に勤める友人によれば、外資だからといって年功序列がないわけではない、とぶった斬る。  友人曰く、秩序を守るために年功序列が必要なのだという。結局のところ、外資とはいっても働いている人は日本人であり、年齢による目上、目下といった儒教的な価値観を持つ人がいるわけである。  その友人の勤め先には従業員にランクというのがあって、年齢はかなり高いがランクがその友人と同じという人もいるらしい。しかしランクが同じでも、年長者は給与が高くなるようになっている。  多かれ少なかれ、日本で働く以上は年功序列は基本的にはあるようである。こればっかりはいくら嘆いても仕方がない。  若年者には不利だが、人は例外なく年をとるのだから、待っていればいずれは年長者になり、給与は上がるということでもある。  だが、それには見落としてはならない重大な前提条件がある。  すなわち、自分が年を取ったときにもその会社が存続していて、なおかつその給与体系を維持できていなければならない。  まず、言わずもがなではあるが、会社がなくなったんでは給与がでない。しかも、転職しようにも、勤続年数がリセットされるので、年功序列もそこでリセットされてしまう、あるいは最悪の場合、そもそも年齢的に転職が困難を極める可能性がある。  そしてさらに、こちらがより発生する可能性が高いのではないかと考えるが、その勤め先が年功序列の給与体系を維持できなくなる可能...

日本の人事システムの考察と外資系への誇大妄想

 終身雇用に年功序列。日本の雇用システムの二大特徴といったらこれだろう。では他の国ではどうなのか。  ちょっと前に、慶應義塾大学の社会学教授が書いた著作を読んだ。たしか、日本社会のしくみというタイトルであった。ちょっとその内容をうろ覚えながら思い出してみる。  ちなみに私自身は米国に住んでいたことがあり、また、大学在学中はドイツに洋行したりもしたので、その知見も含めて考察してみる。  まず終身雇用である。これが日本の雇用の特徴と言うと、まるで他の先進国ではバッサバッサと首切りがやられているのかという印象を受けるが、それは誤解である。  確かに、米国はバッサバッサと首切りがある。しかし、ヨーロッパを一緒にしてはいけない。例えばドイツなどは労働者の権利が堅固に守られている国であり、首切りなんて基本的にはできない。  基本的には首にできないので、その点では日本もヨーロッパと同じといえる。私は、終身雇用それ自体は問題ではないと考える。  私が真の問題だと思うのは、年功序列である。年齢や社歴を重ねるだけで給与が上がり、しかも下がらない。これは問題である。では、やはり実力主義が良いのか。  実力主義、と聞くといいなあと思うかもしれないが、何をもってその実力を測るのかというのが問題となる。  雇主や上長の一存でそれを決められるようにしてしまうと、その決定権を持つ人物の私情やらコネやらで、結局のところ公平性が阻害され、労働者側にとって益とはならない。  そこで、客観的に測れるものさしでその実力というものを決めて、この仕事の内容ならこの給与、というように定めたのが米国やヨーロッパの国々である。つまり、同じ労働なら同じ給与である。これは、どこの会社で働いていても、そうである。  それに対して、労働の内容ではなく、年齢や勤続年数で給与が決まるのが日本である。労働内容が異なっていても、同じ会社で働いていて、同じ年数を重ねればだいたい同じ給与になる。  この、日本のシステムでは、同一労働同一賃金がそもそも実現できない。いくらパフォーマンスが良くても、若い人は給与は低い水準となる。また、逆にいくらパフォーマンスが低くても、中高年になれば高い水準の給与がもらえる。  これが、俗に言う働かないおじさんと呼ばれるような社会現象を引き起こしている。  ただし、私は、なにもそうした働かないおじさんを全員...

中小メーカーの経理の実情

私は現在、関東にある中小メーカーの経理として働いている、20代の男性である。 規模の小さな会社の経理として働くことのメリットは、幅広い業務の経験が積めることであろう。 中小企業では人数が限られるがゆえに、経理担当者は様々な業務をこなす必要がある。 かく言う私も、税務申告から、買掛金、売掛金、外貨振込やら現金管理、そして原価計算などなど、およそ、いちメーカー企業に必要な経理業務の知識は全て網羅して有していると自負している。 これが大規模な企業となると、買掛担当はずっと買掛帳を管理したりする、などといったように、一つの業務を専門に請け負ったりするらしい。 そういった意味では、私にとって、キャリアの初期に小規模企業の経理を担当し、企業の経理業務の包括的な経験が積めたのはキャリアの形成という視点において、非常に有意義であるといえる。 さらに言えば、私は現在の職につく前には、小さな会計事務所で働いていた。そこが私の現在のキャリアの原点である。 その会計事務所は社員が、所長と私を含めて3名という少数精鋭!の事務所であり、そこで私は税務会計のイロハを学ぶとともに、自分が担当する顧問先へ定期的に訪問したりして、それはそれは貴重な勉強を沢山することができた。 学ぶには良かったが、やはり小さな街の小さな会計事務所であったので、私の給与はワーキングプア水準であった。学びを得た後、1年ほどで転職をして、現在の職に至る。 事業会社、なおかつ製造業ということで、会計事務所とは違う学びも沢山得た。そしてここでの経験はいよいよ3年目に突入しようとしている。 現在の職に不満があるかと言えば、私は不満を探せばいくらでも列挙できてしまうような人間である。しかし不満というのは怒りであって、自分を不幸にするものであるので不満は抱かないようにしている。 よって「不満」ではなく、よりポジティブな「上昇志向」を抱くことにする。 さて、やっとここで本題である。現在の状況を整理して、私が経験するところの中小メーカー企業の経理の実態をまとめる。ただし、私個人の経験であるので、全ての中小企業について述べたものではないことには留意されたい。 経理担当者は私を含めて3名。経理担当者に加えて上長として経理課長がいる。 経理課長は年齢は50代後半くらいであろう。日本という国でありながら、幸いなことにパワハラなどはしない人である。...

臺灣見聞錄その貳

 2023年の夏休みは台湾の台北と台中を旅行しました。この記事はその旅行記シリーズの第二話です。  さて、台湾はものが安いかといえば、物価水準は日本より安いとは一概にはいえないものでした。  台湾国内のものは確かに安いです。魯肉飯はサイズ大の一杯で50元でした。当時のレートで約230円です。牛丼並盛の半額くらいの値段です。  しかし、日本を含む、外国製品ともなると話は違います。外国製品は日本で買ったほうが安いです。感覚としては、外国製品は台湾では日本での価格の二割から三割くらいは高かったです。  それでも、コンビニや百均などで日本製品が売られているので、もしかしたら台湾の人々の懐は結構潤っているのでしょうか。それとも、家賃だとか交通費だとか他の部分でだいぶ浮いているのでしょうか。  街中には日本文化が溢れていました。ガチャポンの販売機が沢山ありまして、いずれも日本で売っているのと同じものをそのまま日本語で売っています。  あと他には何か特段書くべきことも思い浮かばないので、誠に勝手ながらここまでとします。 続く かもしれません

臺灣見聞錄その壹

 今年の夏休みは台湾の台北と台中を訪れました。ここに、その体験記を記します。あくまで、私個人の感想でありますから、異論ももちろんあろうことかと思いますが、是非お付き合い願います。  沖縄よりも赤道に近い南国とのことで、さぞかしい暑いのだろうと覚悟して行きましたが、そうでもありませんでした。関東内陸部の方が暑いです。  というのも、山と海が近いせいなのか、台北では風が常に吹いており、どうしようもなく暑いだけの関東内陸部などと比べると、比較的過ごしやすい場所です。  コンビニはあちらこちらにあり、いずれも、中に入った途端に独特の匂いが鼻をつきます。聞けば、こちらの料理に広く用いられている、八角という香辛料の匂いだそうです。  コンビニでは、この八角入りと思われる、タレ漬けゆで卵がぐつぐつと茹でられており、また、夜市でも屋台からはこの匂いが漂って来ます。  夜市といいますのは、台湾で日常的に催されている夜の市場で、主に飲食店を中心とした屋台が道にならび、そこで安価に本場の台湾飯を提供しています。  台湾では、家で調理をするということはあまりしないらしく、外食文化が発展しています。夜市でも、スクーターでやってきてはテイクアウトで注文していく人を多数みかけました。  私は、最初はその珍しい味付けに、牛肉麺なる台湾のラーメンのような料理をはじめ、魯肉飯(ルーローハン)や大鶏排(ダージーパイ)といった台湾料理を堪能していました。  しかし、私の頼む料理が偏っていたのか、すべての料理が八角の味がするようで、少しばかり飽きました。  それでも、街なかにはマクドナルドやKFCといったアメリカ食の他、牛丼屋や寿司屋といった日本食チェーンが日本で見るのと同じようにして店をあちらこちらに構えています。  それでもせっかく台湾にいるのだからと台湾食ばかり私は食べ続けました。  アニメ映画千と千尋の神隠しにて、父親が頬張っている大きな餅か何か得体のしれない料理の正体であるといわれる、台湾の肉圓という食べ物も食べました。  ドロッとしたスープの中に、肉入りの餅みたいなのものが入った料理です。スープは二郎ラーメンのスープのような香りで、肉は肉まんの中身と同じような肉でした。  その肉を包む餅のようなものがなかなか独特で、シナモンの香りがし、味も非常に甘いものでした。  そのスープと肉と餅を別個で評価...

キャリアの初期には転職をしたほうが良い

Why "Entry" Level Jobs Now Need 3-5 Years Experience キャリアの初期には、転職を続けた方が良い。 二年ごとに転職している人は、一つの会社に忠誠を尽くしている人よりも5割ほど給与が高いという。 社内の昇進を目指しても、上のポストがいつ空くのかはわからない。 異なる複数の会社で働いた人の経験の方が、一つの同じ会社でずっと働いていた人の経験よりも評価される。

ニュースの過剰摂取はやめましょう

ニュースというのは害であるかもしれません。 特に何が見たいというわけでもなく、ニュースフィードを開けば、延々と情報が出てきます。 見ても見ても飽き足らず、ずっとずっとみます。 それだけなら暇つぶしにはいいかもしれません。おまけに有益な情報の二つ三つでも入ってくれば儲けものです。 しかし、果たして多くのニュースは精神的に害であるものが多いのではないでしょうか。 他人の不幸は蜜の味とはよく言ったもので、そういったニュースが溢れています。 表向きにはそれが「面白い」だなんていうのは認めずに偽善ぶっていますが、本当は面白いので見るのです。それでずっとずっと見てしまいます。 でも、やはりそんなことをやっていると、どこか悲しく、疲れて、己の心が蝕まれていくような気がします。 あるいは、他人の不幸の他にも、社会の不平等だとか不義だとか、人々に怒りの感情を焚き付けるようなニュースもあります。 怒りというのは、これまた非常に有害なものです。怒れば怒るほど自分自身が苦しくなります。 この情報社会において、ただでさえ多量の情報にさらされて心が疲弊しているのに、それに自分で追い打ちをかけることは愚かです。 ある程度の量のニュースが目や耳に入ってくるのは致し方ないことだとしても、とりすぎはよろしくありません。 健やかで安らかな毎日のためにも、ニュースの過剰摂取はやめましょう。